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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)169号 判決

東京都中央区日本橋茅場町2丁目6番6号

原告

田中貴金属工業株式会社

代表者代表取締役

田中清一郎

訴訟代理人弁護士

海老原元彦

竹内洋

馬瀬隆之

谷健太郎

田路至弘

田子真也

同弁理士

山名正彦

東京都八王子市戸吹町1387番地

被告

東京コスモス電機株式会社

代表者代表取締役

吉田一郎

訴訟代理人弁護士

吉井参也

山田捷雄

同弁理士

草野卓

稲垣稔

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第10247号事件について、平成8年7月3日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は、名称を「摺動用ブラシ素材の製造方法及びその装置」(後記第1次訂正により、名称を「摺動用ブラシ素材の製造方法」と訂正)とする特許第1292225号発明(昭和52年11月28日出願、昭和60年4月26日出願公告、同年11月29日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告は、平成5年5月17日、原告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成5年審判第10247号事件として審理したうえ、平成6年8月4日に「特許第1292225号発明の特許を無効とする。」との審決(以下「第1次審決」という。)をしたが、原告が、同年11月1日、東京高等裁判所に第1次審決の取消請求の訴え(同裁判所平成6年(行ケ)第244号事件)を提起した。

(2)  原告は、平成6年11月1日、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正審判の請求をしたところ、特許庁は、同請求を平成6年審判第18501号事件として審理したうえ、平成7年3月23日、上記訂正を認める旨の審決(以下「第1次訂正審決」といい、この訂正審決に係る訂正を「第1次訂正」という。)をし、その謄本は同年4月10日、原告に送達された。

東京高等裁判所は、平成7年5月10日、上記平成6年(行ケ)第244号事件につき、第1次訂正審決が確定した結果、第1次審決には発明の要旨の認定に結論に影響を及ぼす誤りがあることに帰するとの理由で、第1次審決を取り消す旨の判決をし、同判決は確定した。

そこで、特許庁は、上記平成5年審判第10247号事件につき、さらに審理したうえ、平成8年7月3日に「特許第1292225号発明の特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は同月22日、原告に送達された。

(3)  原告は、平成8年8月29日、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載を訂正する旨の訂正審判の請求をしたところ、特許庁は、同請求を平成8年審判第14784号事件として審理したうえ、平成9年2月17日、上記訂正を認める旨の審決(以下「第2次訂正審決」といい、この訂正審決に係る訂正を「第2次訂正」という。)をし、その謄本は同年3月5日、原告に送達された。

2  第2次訂正前(第1次訂正後、以下同じ。)の特許請求の範囲の記載

多数の極細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し、一方この集束した極細線に対して直角方向より一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けた台材を間欠的に送給して順次台材を移送中の集束極細線に対して一定間隔にてプロジェクション溶接することを特徴とする摺動用ブラシ素材の製造方法。

3  第2次訂正後の特許請求の範囲の記載

多数の極細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し、一方この集束した極細線に対して直角方向より一面に少なくとも1本の突条を極細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設けた台材を間欠的に送給して順次台材を移送中の集束極細線に対して一定間隔にてプロジェクション溶接することを特徴とする摺動用ブラシ素材の製造方法。

(注、下線部分が訂正個所である。)

4  本件審決の理由の要点

本件審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件発明の要旨を第2次訂正前の特許請求の範囲記載のとおりと認定したうえ、本件発明が、本件出願前に米国において頒布された刊行物である米国特許第3704436号明細書(審決甲第2号証、本訴甲第2号証、以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項2号に該当するとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

本件審決の理由中、本件発明と引用例発明との相違点(a)~(c)の各認定及び同(a)についての判断は認める。本件発明の要旨を第2次訂正前の特許請求の範囲記載のとおりと認定した点は、第2次訂正審決の確定により特許請求の範囲が前示のとおり訂正されたため、誤りに帰したことになるので争う。引用例記載事項の認定、本件発明と引用例発明との一致点の認定並びに相違点(b)及び(c)についての判断は争う。

本件審決は、結果的に本件発明の要旨の認定を誤り(取消事由1)、また、本件発明と引用例発明との一致点の認定(取消事由2)並びに相違点(b)及び(c)についての判断(取消事由3、4)を誤った結果、本件発明が引用例発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(本件発明の要旨の認定の誤り)

第2次訂正審決の確定により、本件発明の特許請求の範囲が上記のとおり訂正されたので、本件審決がした本件発明の要旨の認定は誤りに帰したこととなる。

そして、後記3のとおり、第2次訂正の結果、本件審決の相違点(b)についての判断の誤りが明瞭となったものであるがら、本件審決が発明の要旨の認定を誤った瑕疵は、その結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。

2  取消事由2(一致点の認定の誤り)

(1)  本件審決は、本件発明と引用例発明とが、「多数の細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し、一方この集束した細線に対して直角方向より台材を送給して順次台材を移送中の集束細線に対して一定間隔にて固着する摺動用ブラシ素材の製造方法」(本件審決書4頁下から6~2行)である点で一致すると認定したが、引用例には、細線を移送させつつ「集合した後水平に整列集束する」ことは記載されていないから、その点で本件発明と引用例発明とが一致するとの認定は誤りである。

(2)  すなわち、引用例の「数個のスプールからそれぞれのワイヤが引き出され、ガイドロール24の周りを通過し、追加の2個のガイドロール26の周りのそれぞれのコースを通ってからステーションPにおいてしっかりと支えられた一組のガイドピン28を通過し、それぞれの位置にワイヤの平面状シートSができるように配列され、その中に各ワイヤが帯状のアレイ(配列)A内で隣り合って接触した状態で並列するように配置される。」(甲第2号証訳文1頁14~19行)との記載及び第9図によれば、引用例発明においてワイヤはガイドロール24及び追加のカイドロール26の周りを通る時点で水平に集合されるのであり、これ以外にワイヤを水平にするための手段は見当たらない。したがって、引用例発明は、細線を移送させつつ「水平に集合した後に整列集束する」ものであり、細線を移送させつつ「集合した後水平に整列集束する」本件発明とは相違するものである。

本件発明が極細線を移送させつつ「集合した後水平に整列集束する」ことを必須の要件としたのは、数十μの極細線を20~100本整列集束して一斉にプロジェクション溶接するときに、その中の1本の極細線であっても、他の極細線と重なって水平面から浮き上がったり沈んだりしていると、接触不良による脱落、溶損を招きかねないことから、極細線が集合する位置よりも、プロジェクション溶接の直前の位置で水平に整列集束させ、「部分的にしか溶接されなかつたり、溶接部が溶け過ぎたりするようなことがなく、従つて集束極細線を切断したり成形加工したりして摺動用ブラシとする場合極細線が脱落したり、折れたりするようなことはない」(甲第12号証・第1次訂正明細書2丁右欄23~26行)との作用効果を奏せしめるためであり、プロジェクション溶接の精度、品質、歩留りの確保に極めて重要である。その点、引用例発明においては、固着手段として半田付けを用いており、たとえ数本の細線が重なり合っていても、溶けた半田液の中に漬かっていれば十分に固着されるから、細線を移送させつつ「水平に集合した後に整列集束する」ことによってもブラシ製造の目的が達成されるものである。

(3)  被告は、本件発明において「水平に整列集束し」とは、台材が送給される区間では極細線を水平に整列集束した状態にすることを意味し、明細書に整列集束装置6が極細線を水平に整列集束することは示されていないと主張するが、本件発明の特許請求の範囲には、「台材が送給される区間」等の文言はなく、その文言の存在を前提とした被告の主張は誤りであり、「水平に整列集束し」が、平らに列を作って並ばせる工程を意味することは文理上明らかである。

3  取消事由3(相違点(b)についての判断の誤り)

(1)  本件審決は、相違点(b)すなわち「集束細線と台材との固着を、本作発明は、一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接するのに対して、甲第2号証に記載されたもの(注、引用例発明)では半田付けとしている点」(本件審決書5頁2~6行)につき、プロジェクション溶接自体が周知であるほか、〈1〉本件出願前にフランス国において頒布された刊行物であるフランス特許第7342890号公報(審決甲第5号証、本訴甲第5号証、以下「周知例1」という。)、特開昭50-21955号公報(審決甲第6号証、本訴甲第6号証、以下「周知例2」という。)、1971年8月15日発行の浜崎正信著「重ね抵抗溶接」(審決甲第20号証、本訴甲第8号証、以下「周知例3」という。)65~66頁の各記載により、プロジェクション溶接の電流と加圧力を集中させる突起(突部)として、点状のものに限る必要性はなく、ライン状のものも同様に用い得ることが周知であり、また、〈2〉実公昭47-38829号公報(審決甲第3号証、本訴甲第3号証、以下「周知例4」という。)、1975年4月7日発行の「Design News」30巻7号(審決甲第22号証、本訴甲第9号証、以下「周知例5」という。)に記載されているように、マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤと支持板の固着を溶接によって行うことが周知であると認定した(本件審決書6頁7行~7頁3行)うえで、「甲第2号証に記載のものにおける集束細線と台材との固着を、半田付けに代えて当該技術分野において周知の固着技術である溶接によって行うこと、さらに、この溶接を、ライン状の突部を用いる一般的に周知のプロジェクション溶接によって行うこと、即ち、『一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接する』ことは、当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。そして、その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない。」(同7頁4~14行)と判断した。

上記認定のうち、プロジェクション溶接自体が周知であること、及び周知例1~3の各記載により、プロジェクション溶接の電流と加圧力を集中させる突起(突部)として、ライン状のもの用い得ることが周知であること自体は認める。

上記相違点(b)の認定自体は、本件発明の要旨を第2次訂正前の特許請求の範囲記載のとおりとする認定に基づくもので誤りであるが、その点は暫く措くとしても、本件審決の上記判断は誤りである。

(2)  すなわち、第2次訂正の前後を問わず、本件発明は、一対多の関係にある1個の台材(溶接物)と多数の集束極細線(被溶接物)とを突条で抵抗溶接(プロジェクション溶接)するものである。

1本の極細線は髪の毛程度の太さであり、これをプロジェクション溶接する際には、接合温度が、数ミリないし数十ミリ秒程度の通電時間内に室温から千数百℃まで一気に上昇するから、溶接電流が過大で加熱され過ぎた場合には極細線は直ちに溶断し、逆に溶接電流が過少で発熱が不足すると溶接強さが不十分となって、手で触れても外れるようになる。極細線は、加熱の際の微妙な変化によりその溶接強さに大きな影響が及び、接合不十分な状態から溶断に至るまでの接合条件の範囲が極めて狭い。そのうえ、一対多の関係にある集束極細線のプロジェクション溶接においては、溶接電流が過大で加熱され過ぎた極細線が1本でもあると、その極細線が溶断されるだけでなく、周囲の極細線に容易に溶け拡がるから、集束極細線の1本でも加熱し過ぎることはできない。このように、一対多の関係にある集束極細線の抵抗溶接においては、「部分的にしか溶接されなかったり、溶接部が溶け過ぎたり」(甲第12号証・第1次訂正明細書1丁左下欄12~13行)する特有の技術課題が生じることになる。

本件発明の水平に整列集束する工程を経た極細線が加圧されると、各極細線と突条は各々の接触部が数μ凹んですべての極細線に一定面積の楕円形の圧痕を形成し、この圧痕が通電路となって、プロジェクション溶接の毎回の開始状態を各極細線に対して一定にする。そして、溶接電流を流すと、各通電路に発生した熱の大部分は台材に速やかに放散され、一部の熱は両隣の通電路へ熱伝導されるが、隣り合う極細線の間隔、すなわち、通電路と通電路の間隔は数十μ程度と短いので、通電路間での発熱のばらつきは瞬時になくなることになる。このように、本件発明における台材の突条は、上記技術課題に対し一対多の関係にある集束極細線の発熱のばらつきを制御する調整手段である。

被告は、この点を明細書の記載に基づかない主張であるとするが、周知例3(甲第8号証)の67頁図3.17に示されるように、プロジェクション溶接は加圧力によって集束極細線と台材とを強く当接した後に溶接電流を流す溶接方法であることのほか、明細書(甲第12号証)の各記載によって、上記事項は当業者に自明であり、明細書の記載をより詳細に説明したものにすぎない。

(3)  周知例1に記載されたものは「一対の鋼エレメントの組立方法」の発明であり、建築用の太い鉄筋を必要な間隔で個別に溶接鉗子を使用して金属柱や金属板へ一対一の関係で電気抵抗溶接する技術分野に属するものである。熱容量は線径の3乗に比例するのに対し、溶接時の接合温度は線径と無関係であるから、このように十分に大きい1本の棒体を1枚の平板に溶接する場合には抵抗溶接可能な範囲を大きく取ることができ、本件発明のように溶接の際に極細線全部が溶け過ぎてしまうような技術課題は生じない。

また、周知例2には、具体的説明のない円板状の被溶接物をライン状の突起を利用して一対一の関係でプロジェクション溶接する発明が記載され、周知例3の65~66頁には、母材に垂直にパイプを溶接する場合や容器に蓋を溶接する場合に、旋盤で切削したままとか、プレスで抜いたまま等の自然のエッジをそのまま利用するプロジェクション溶接の各態様が例示されているにすぎないから、周知例1~3に記載されたものは、基本的に、1個の溶接物と1個の被溶接物とを一対一の関係でプロジェクション溶接する場合におけるライン状突起、多点プロジェクションの技術である。一対一の関係の多点同時溶接では、各プロジェクションに流れる電流、加圧力は不均一になりやすいことが当業者に知られているが、1個の溶接物と1個の被溶接物との溶接強さが満足される限り、1個の溶接物あるいは被溶接物のうちで個々の突起に関する溶接強さのばらつきは問題とならないから、周知例1~3には、多数の突起間で不均一な電流の流れを調整する手段は記載されていない。

もとより引用例発明のような半田付けを採用する場合においても、数百℃程度の低い温度で溶けて接合できるのが半田付けの特徴であるから、本件発明のように多数の極細線を一対多の関係で抵抗溶接する場合の、多数の極細線が部分的にしか溶接されなかったり、溶接部が溶け過ぎたりする技術課題は生じない。

したがって、引用例に記載された発熱手段も、周知例1~3に記載された周知のライン状の突起も、本件発明の突条のような一対多の関係のプロジェクション溶接における多点間の発熱のばらつきを制御する調整手段を予測させるものではなく、当業者において、引用例発明の半田付けに代えて、周知例1~3記載の周知のライン状の突起を採用した一対多の関係のプロジェクション溶接を容易に想到できるものではない。

(4)  また、周知例4には、摺動子板ばね部2のばね部分2aとばね線材4を並列にした接点片とをスポット溶接、ロー付け等で固定したことが記載されているが、本件発明の摺動用ブラシ素材の製造方法に対応する技術である複数本のばね線材4を接点片9とするための固着手段については、開示も示唆もされていない。

さらに、周知例5には、小径の丸いワイヤがバスバーに溶接された旨の記載があるのみで、その具体的な製造技術に関する記載はなく、その3丁目に表示された斜視図による使用例は、溶接箇所がプラスチックモールド(ハウジング)によって被覆されており、溶接後、細線を切断、加工するだけで使用できる摺動用ブラシを開示、示唆したものではない。

なお、被告は、周知例5について、本件発明と同様の製造方法で造られた摺動用ブラシ素材が記載されていると主張するが、周知例5の3丁枠内に表示された各図(甲第21号証4丁に同枠内右上の各図の拡大図が示されている。)のうち特に切断後の加工接点の図には、突条がないことが示されており、被告の該主張は誤りである。

のみならず、1978年1月に出願された米国特許第4186483号明細書に「従来のこれらの装置の中には、溶接によって必然的に発生する熱がワイパバネ材のテンパを損なうことになり、その結果バネ材が機能を発揮しなくなるとともに、このように製作された電位差計が作動不能になっていた。」(甲第17号証訳文1頁5~9行)との記載があり、昭和53年9月7日特許出願に係る特開昭55-37746号明細書に「従来複数本のワイヤーを使ったこの種ばね接点をスポット溶接により製造する場合、第1図に示すようにバスバー1に突起2を出し、プロジェクション溶接の応用でワイヤー3を結束していたが、ワイヤー1本1本の溶接の信頼性を上げることは非常に困難とされていた。」(甲第19号証1頁左下欄19行~右下欄4行)との記載があることによれば、本件出願当時、米国及び我が国では摺動用ブラシの製造方法において満足できる抵抗溶接の方法が知られていなかったことが窺える。

そうすると、本件審決の、マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤと支持板の固着を溶接によって行うことが周知であるとの認定は、本件出願当時の技術水準を看過しているものというべきである。

(5)  したがって、第2次訂正前の特許請求の範囲記載の発明(以下「訂正前発明」という。)における「一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設け」て、プロジェクション溶接する構成であっても、それ自体、周知技術に基づいて当業者であれば容易に想到し得たものとする認定は誤りである。

そして、訂正前発明は、「一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設け」る構成を採用したことにより、接合部の温度分布を、突条に対し集束極細線が強く当接することにより制御して、多数の極細線を一斉に台材に溶接することを可能とし、上記多数の極細線を用いて摺動用ブラシ素材を機械的、連続的に高速、高品質に製造することを実現したものであり、「多数の極細線Wと台材Bとの溶接は確実に行われ、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材Pが得られる」(甲第12号証・第1次訂正明細書2丁左欄35~37行)、「この摺動用ブラシ素材はその後極細線の切断、加工或いは加工、切断を行うだけで摺動用ブラシを作ることができる」(同丁右欄17~19行)、「水平に整列集束した多数の極細線を一斉に台材にプロジェクション溶接するのであるから、従来のように部分的にしか溶接されなかつたり、溶審部が溶け過ぎたりするようなことがなく、従つて集束極細線を切断したり成形加工したりして摺動用ブラシとする場合極細線が脱落したり、折れたりするようなことはない」(同欄21~26行)との格別の作用効果を奏するものである。このような効果は、これまでの一対一の関係のプロジェクション溶接で知られている効果ではなく、本件審決の「その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない」との判断も誤りである。

(6)  まして、第2次訂正後の特許請求の範囲記載の発明(以下「訂正発明」という。)は、「一面に少なくとも1本の突条を極細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設け」てプロジェクション溶接する構成を採用し、「多数の極細線Wと台材Bとの溶接は確実に行われ、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材Pが得られる」ためのプロジェクション溶接のより良い溶接条件を明示して、当業者が容易に実施できる程度に発明の構成を明瞭化したものである。

すなわち、溶接電流が集束極細線と突条との通電路に流れると、個々の通電路の発熱によって各極細線と突条とが加熱されるが、突条の高さが極細線の線径の30~80%の範囲内であれば、集束極細線のうちのどの極細線に対しても発熱の重心(溶融物と被溶融物とを抵抗溶接する際に流れる全溶接電流によって溶融する領域が発生する場合に、その溶融領域に発生する熱の総量が一点に集中したと考えられる点をいう。)を突条寄りの位置に設けることができ、その結果、突条が集束極細線よりも先に発熱により軟化し、集束極細線は加熱され過ぎることなく突条に押し込まれていくので、通常の抵抗溶接のようにナゲット(溶融部に生じる溶融凝固した部分)を形成することなく、集束極細線の接合部における損傷を最小とし、一対多の関係の集束極細線の各極細線を突条の付け根まで均一に埋め込むことができる。

これに対し、突条の高さが極細線の線径の30%未満であるときは、突条から台材への熱放散の影響が強くなり、突条が発熱しにくいので、摺動用ブラシ素材の溶接強さが不足することになる。仮に溶接強さを増加しようとして溶接電流を高くすると何本かの極細線が突条近傍でやせ細ったり、溶断したりすることになる。また、突条の高さが極細線の線径の80%を超えると、発熱の重心を突条寄りの位置に設けようとしても何本かの極細線が溶断等し、溶断等しないように接合しようとすれば、集束極細線を突条の付け根まで埋め込むことができず、突条の先端部分で接合され、極細線が折れたり外れやすくなったりする。

このように、訂正発明は、訂正前発明と比較しても、集束極細線のうちすべての極細線に対して突条を先に軟化させ、どの極細線も加熱され過ぎることないという格別の効果を奏するものである。

そして、突条を極細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設ける訂正発明の構成は、上記各周知例に開示も示唆もされておらず、本件審決はこの点について全く検討していないのであるから、相違点(b)についての本件審決の判断に誤りがあることは極めて明白である。

被告は、突条の高さを極細線の線径の30~80%の範囲内に限定したことによる上記の効果並びに突条の高さが極細線の線径の30%未満であるとき及び80%を超えたときの上記の問題点について、明細書の記載に基づかない主張であるとするが、突条の高さを限定した場合の効果は、明細書の実施例の「台材Bを送り出して集束極細線Wとプロジェクション溶接して摺動用ブラシ素材Pが製造される」(甲第12号証2丁左欄33~35行)との記載に基づき、台材の突条を所定高さとして当業者が実施(追試)することによって観察される結果を説明したものであり、明細書の記載から自明なことである。また、突条の高さが極細線の線径の30%未満であるとき及び80%を超えたときの上記の問題点は、明細書の「溶接部が溶け過ぎたり」(同1丁左下欄13行)することの具体的な1態様である。

また、被告は、突条の高さのみ限定しても何らの意味もないと主張するところ、突条の高さ以外に、その形状、電流値、加圧値、材質、電極の形状及び材質等の諸条件によってプロジェクション溶接が影響を受けることはそのとおりであるが、これらの諸条件は、本件発明の具体的なプロジェクション溶接作業を行ううえで考慮すべき条件にすぎず、突条の高さが所定範囲内にあれば、摺動用ブラシ素材を製造する際の最適な条件の範囲を見い出すことができ、突条の高さが所定範囲内になければ、最適な条件の範囲は存在しないものである。

被告は、さらに、整列集束極細線を突条付台材にプロジェクション溶接することが周知であるとの主張を前提として、訂正発明が突条の高さを極細線の線径の30~80%の範囲に限定した点に発明としての意義を見い出そうとするものであるから、その限定値である30%及び80%に臨界的意義がなければならないと主張する。しかし、整列集束極細線を突条付台材にプロジェクション溶接することが周知であるとの事実は存在しない。本件出願前に、抵抗溶接により集束極細線の何本かが部分的にしか溶接されなかったり、溶接部が溶け過ぎたりする技術課題は全く認識されていなかったし、抵抗溶接によって製造された摺動用ブラシ素材が摺動用ブラシに使用された事実もない。訂正発明における突条の高さの限定は、一対多の関係の台材と集束極細線との抵抗溶接に特有の技術課題を解決し、損傷を最小として集束極細線を台材にプロジェクション溶接するという具体的な技術上の意義を有するものである。

4  取消事由4(相違点(c)についての判断の誤り)

本件審決は、相違点(c)すなわち「台材の送給について、本件発明は間欠的に送給しているのに対して、甲第2号証に記載されたもの(注、引用例発明)では、送給の態様を明記していない点」(本件審決書5頁7~9行)につき、「甲第2号証に記載されたものにおいて、台材(金属板部材)が固着される相手である、水平に整列集合した細線(平面状シート)は、階段風に(stepwise)移送されてくるのであるから、この細線(平面状シート)に固着する台材(金属板部材)を間欠的に送給することは、階段風に(stepwise)移送されてくる上記細線(平面状シート)の動きに合わせた対応として、当業者が格別の困難性なく実施できる程度のことである。」(同8頁4~12行)と判断したが、誤りである。

すなわち、意味不明な「階段風に(stepwise)移送」の内容を真摯に解釈、定義することなく、「台材(金属板部材)を間欠的に送給することは、階段風に(stepwise)移送されてくる上記細線(平面状シート)の動きに合わせた対応として、当業者が格別の困難性なく実施できる」と安易な結論を導いたことは、拡大解釈も甚だしい。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(本件発明の要旨の認定の誤り)について

後記3のとおり、本件発明の要旨を第2次訂正後の特許請求の範囲の記載のとおりと認定したとしても、引用例及び本件審決が認定した周知事項に基づいて、本件審決と同一の結論に達するものと考えられるから、本件発明の要旨の認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものではない。

2  取消事由2(一致点の認定の誤り)について

本件発明の第2次訂正前及び第2次訂正後の特許請求の範囲の「多数の極細線を・・・水平に整列集束し、一方この集束した極細線に対して直角方向より・・・台材を間欠的に送給して」との記載において、「集束した極細線」が「水平に整列集束し」た極細線を指すものであること、そして、その「水平に整列集束し」た極細線に対し台材を送給するものであることは文理上明らかであるから、本件発明において、「水平に整列集束し」とは、台材が送給される区間では極細線を水平に整列集束した状態にすることを意味するものと解される。このことは、発明の詳細な説明の「水平に整列集束した多数の極細線を一斉に台材にプロジェクション溶接する」(甲第12号証・第1次訂正明細書2丁右欄21~22行)との記載、図面第2図に多数の集束極細線が溶接装置10の下部電極10a上に水平に配されていることが図示されていることからも明らかである。

他方、引用例の「数個のスプールからそれぞれのワイヤが引き出され、・・・ステーションPにおいてしっかりと支えられた一組のガイドピン28を通過し、それぞれの位置にワイヤの平面状シートSができるように配列され、その中に各ワイヤが帯状のアレイ(配列)A内で隣り合って接触した状態で並列するように配置される。」(甲第2号証訳文1頁14~19行)との記載及び第9~第12図によれば、引用例発明においても、細線(ワイヤ)がステーションPを通過し、台座Dが固着される位置であるステーションQに供給される際には、多数の細線が水平に整列集束した状態になっているものであることが明らかであり、この点において本件発明と相違はない。

したがって、本件審決が、本件発明と引用例発明とが「多数の細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し、一方この集束した細線に対して直角方向より台材を送給して順次台材を移送中の集束細線に対して一定間隔にて固着する摺動用ブラシ素材の製造方法」である点で一致すると認定したことに誤りはない。

3  取消事由3(相違点(b)についての判断の誤り)について

(1)  原告は、本件発明について、水平に整列集束する工程を経た極細線が加圧されると、各極細線と突条は各々の接触部が数μ凹んですべての極細線に一定面積の楕円形の圧痕を形成して通電路となり、溶接電流を流すと、各通電路に発生した熱の大部分は台材に速やかに放散され、一部の熱は両隣の通電路へ熱伝導されるが、隣り合う極細線の間隔(通電路と通電路の間隔)は数十μ程度と短いので、通電路間での発熱のばらつきは瞬時になくなるとして、台材の突条が一対多の関係にある集束極細線の発熱のばらつきを制御する調整手段であると主張するが、該主張は明細書の記載に基づかないものである。

(2)  原告は、周知例1に記載されたものにつき、十分に大きい1本の棒体を1枚の平板に溶接する場合には、溶接の際に棒体の全部が溶けきってしまうことはないので、本件発明のように溶接の際に極細線全部が溶け過ぎてしまうような技術課題は生じないと主張する。しかし、周知例1に記載されたような大きな棒体においては、それだけ大電流を流し、かつ、大きな加圧力を加える必要があり、棒体全部が溶けてしまうおそれがあるし、また直径の半分程度でも溶ければ、棒体の溶接箇所が多の部分に比べて著しく弱いものとなってしまうから、本件発明と同様の技術課題が生じる。

また、原告は、周知例1~3に記載されたものは、1個の溶接物と1個の被溶接物とを一対一の関係でプロジェクション溶接する場合における周知のライン状突起、多点プロジェクションの技術であるから、引用例発明の半田付けに代えて、周知例1~3記載の周知のライン状突起を採用した一対多の関係のプロジェクション溶接を容易に想到できるものではないと主張する。しかしながら、本件審決は、マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤと指示板の固着を溶接によって行うことが周知であり、さらにライン状突起自体が周知であることから、引用例発明の半田付けに代えて突条付台材を用いたプロジェクション溶接を採用することが当業者において容易に想到し得たものと判断したものであるが、本件審決のこの判断は、単なる抵抗溶接では電流が集中せず分散するために多数の極細線を一斉に台材に溶接することが不可能であることは当業者に常識的な事項であって、多数の極細線を台材に溶接するには周知のプロジェクション溶接を採用せざるを得ず、かつ、多数の極細線を幅の狭い台材に溶接するのであるから、そのプロジェクション(突起)は必然的にライン状にならざるを得ないことを勘案してなされたものであることが明らかであり、その判断に誤りはない。

(3)  原告は、周知例4には、摺動子板ばね部2のばね部分2aとばね線材4を並列にした接点片とをスポット溶接、ロー付け等で固定したことが記載されているものの、本件発明の摺動用ブラシ素材の製造方法に対応する技術である複数本のばね線材4を接点片9とするための固着手段については、開示も示唆もされていないと主張するが、周知例4において、「摺動子接点部4aを各々備えた弾性片を構成するばね線材4を並列した接点片9」(甲第3号証3欄33~34行)が、第2図の符号4a及び9の指示部分からみて、複数のばね線材4からなるマルチワイヤであることは明白であり、したがって、周知例4にはマルチワイヤ(接点片9)を支持板(ばね部2a)にスポット溶接することが記載されている。

また、原告は、周知例5の3丁枠内に表示された斜視図による使用例は、溶接箇所がプラスチックモールド(ハウジング)によって被覆されており、溶接後、細線を切断、加工するだけで使用できる摺動用ブラシを開示、示唆したものではないと主張するが、同斜視図を含む同丁の枠内には、左上に「形状はコイル、加工接点、加工接点を含む形をプラスチックにモールドも可能です。」(甲第9号証訳文2丁目2~3行)と記載され、同斜視図のほかに、右上に摺動用ブラシ素材の図、切断された加工接点の図及び加工接点を含むモールドプラスチックハウジングの図が表示されていて、該摺動用ブラシ素材は、切断、加工するだけで使用できる摺動用ブラシが得られることが示されている。そして、周知例5の「welded」の語は当業者であれば、抵抗溶接されることと読み取るのが普通であり、かつ、多数の極細線を台材に抵抗溶接するにはライン状のプロジェクション(突起)を用いたプロジェクション溶接を採用せざるを得ないことは上記のとおりであるから、結局、周知例5には、本件発明と同様の製造方法で造られた摺動用ブラシ素材が記載されているというべきである。

なお、原告は、米国特許第4186483号明細書及び特開昭55-37746号明細書の各従来技術に関する記載を引用して、本件出願当時、米国及び我が国では摺動用ブラシの製造方法において満足できる抵抗溶接の方法が知られていなかったと主張するが、一般に明細書に記載される従来技術は、その発明者の技術レベルにより著しい差があり、しかも、当該発明の進歩性を強調するためあえて従来技術のレベルを低く記載することもあるから、上記各明細書の従来技術に関する記載のみから、本件出願当時の技術レベルを推し量ることはできない。

(4)  のみならず、本件出願前に、突条付台材に集束極細線を直角方向にプロジェクション溶接したマルチワイヤ摺動用ブラシが100万個以上も我が国に輸入販売され、また、株式会社徳力本店から同様のマルチワイヤ摺動用ブラシが販売されていた事実があり、このことに照らしても、多数の整列集束極細線を突条付台材にプロジェクション溶接したマルチワイヤ摺動用ブラシが、本件出願前に周知であったことが認められる。

(5)  原告は、訂正前発明が「一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設け」る構成を採用したことにより、「多数の極細線Wと台材Bとの溶接は確実に行われ、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材Pが得られる」等の格別の作用効果を奏するものであり、このような効果は、これまでの一対一の関係のプロジェクション溶接で知られている効果ではないと主張する。しかし、多数の溶接点において、電流、加圧力等の条件が同一となって均一に溶接することのできる多点同時溶接がプロジェクション溶接の特徴の1つであることは周知であり、原告の主張するような効果は、水平に整列集束した多数の極細線を一斉に台座にプロジェクション溶接することによって当然生じるものとして、当業者に予測可能であるから、「その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない。」とした審決の判断に誤りはない。

(6)  原告は、訂正発明につき、突条の高さが極細線の線径の30~80%の範囲内であれば、集束極細線のうちのどの極細線に対しても発熱の重心を突条寄りの位置に設けることができ、その結果、突条が集束極細線よりも先に発熱により軟化し、集束極細線は加熱され過ぎることなく突条に押し込まれていくので、通常の抵抗溶接のようにナゲットを形成することなく、集束極細線の接合部における損傷を最小として、各極細線を突条の付け根まで均一に埋め込むことができるとか、突条の高さが極細線の線径の30%未満であるときは、突条から台材への熱放散の影響が強くなり、突条が発熱しにくいので、摺動用ブラシ素材の溶接強さが不足するとか、突条の高さが極細線の線径の80%を超えると、発熱の重心を突条寄りの位置に設けようとしても何本かの極細線が溶断する等と主張するが、いずれも明細書の記載に基づかない主張である。また、プロジェクション溶接は、多くの条件が相互に関連しているから、突条の高さを極細線の線径の30~80%の範囲内としても、必ずしも原告主張の効果を奏するものではなく、突条の高さのみ限定しても何らの意味もない。訂正発明は、実質的に、本件審決の判断のとおり、整列集束極細線を突条付台材にプロジェクション溶接することが周知であることを前提として、突条の高さを極細線の線径の30~80%の範囲と限定し、その点に発明としての意義を見い出そうとするものであるから、その限定値である30%及び80%に臨界的意義がなければならないというべきところ、明細書にはそのような記載は全くない。

したがって、第2次訂正による特許請求の範囲の限定は無意味であって、本件発明の要旨を第2次訂正後の特許請求の範囲の記載のとおりと認定したとしても、引用例及び本件審決が認定した周知事項に基づいて、本件審決と同一の結論に達するものであるから、本件発明の要旨の認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものではない。

4  取消事由4(相違点(c)についての判断の誤り)について

引用例に「ワイヤアレイは、最終ステーションTにおける往復引き抜き機構によってワンステップ分だけ引っ張られ」(甲第2号証訳文2頁3~5行)との記載があるように、引用例発明において細線(ワイヤ)は間欠的に移送されているところ、引用例は、この細線の間欠的な移送につき「The strip-like array of wires is advanced, tensioned, in a stepwise succession of advances into・・・as indicated in FIG. 9.」(甲第2号証4欄19~22行)と表現したものである。

そうすると、本件審決は、引用例の「stepwise」の語句に「階段風に」との訳語を当てたことは必ずしも適切とはいい難いとしても、引用例発明においてワイヤが間欠的に移送されることを正しく捉えたうえ、「細線(平面状シート)に固着する台材(金属板部材)を間欠的に送給することは、階段風に(stepwise)移送されてくる上記細線(平面状シート)の動きに合わせた対応として、当業者が格別の困難性なく実施できる程度のことである。」と判断したものであって、その判断自体には何らの誤りもない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(本件発明の要旨の認定の誤り)について

第2次訂正審決の確定によって、本件明細書の特許請求の範囲の記載が前示のとおり訂正されたことは当事者間に争いがなく、そうすると、審決が、本件発明の要旨を第2次訂正前の特許請求の範囲記載のとおりと認定したことは、結果的に誤りであったものと認められる。

しかしながら、特許を無効とした審決の発明の要旨の認定に誤りがあったとしても、その故に審決が違法として取り消されるためには、当該誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることを必要とし、仮に当該誤りがなかったとしても、すなわち、本件においては、第2次訂正後の特許請求の範囲記載のとおり発明の要旨を認定していたとしても、本件審決が引用する公知技術及び周知技術に基づき、本件審決と同旨の理由により、共本件審決と同一の結論に達するのであれば、当該誤りは審決の結論に影響を及ぼさないものとして、その誤りの故に本件審決を違法として取り消すことはできないところである。

そして、本件において、第2次訂正に係る訂正事項が本件審決の結論に影響を及ぼすかどうかは、本件発明と引用例発明との相違点(b)についての本件審決の判断の当否と密接に関係する反面、一致点の認定及び相違点(c)についての判断の当否とは直接関係しないので、この点については、後記取消事由3についての判断において併せて検討する。

2  取消事由2(一致点の認定の誤り)について

本件発明の特許請求の範囲の「多数の極細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し」との記載(この記載は、第2次訂正の前後で変わりがない。)につき、明細書(以下、本件発明の「明細書」として引用するものは、別段の断り書きのない限り、第1次訂正明細書(甲第12号証)の記載に、第2次訂正に係る訂正の内容を織り込んだものである。)には、実施例に関し「次に上述の如く構成された製造装置による本発明の摺動用ブラシ素材の製造方法について説明する。第1、2図に示されるように2本のリール軸2に夫々多数個枢着された各リール1から繰り出された極細線Wは、1次集合装置3に移送され、ここで各極細線W同志の間隔が狭められ、全体の巾方向の寸法が約1/4に縮小される。集合装置3を出た多数の極細線Wは整列装置4に送られ、各極細線W同志の間隔が整えられ且つ重なりが防止される。そして整列させられた多数の極細線Wは2次集合装置5に送られ、ここで極細線W全体の巾方向の寸法が所要の最終巾寸法近くまで縮小される。次いで多数の極細線Wは整列集束装置6に送られ、ここで各極細線W同志の重なりが防止されると共に所要の最終巾に整列集束される。そしてこの整列集束された多数の極細線Wは移送ガイド7に沿って間欠的に所定の長さだけ順次送り出される。次に移送ガイド7から移送されて一時停止した集束極細線Wの下側(上側の場合もある)には直角方向より台材送給装置9にて所要の巾寸法の台材Bが前進送給されて溶接装置10の下部電極10a上にセツトされる。」(甲第12号証2丁左欄1~19行)との記載がある。

この記載と図面第1、第2図とによれば、本件発明において「多数の極細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束」することとは、各リールから繰り出された多数の極細線を、溶接(固着)工程の前に、数個の集合装置、整列装置、整列集束装置を順次通過させ、その間に、極細線同士の間隔を狭めるとともに、水平に横一列とし重なりを防止して、最終的に極細線全体の幅方向の寸法を所定幅にすることを意味するものと解される。原告は、極細線が集合する位置よりも、プロジェクション溶接の直前の位置で水平に整列集束させる旨、集合させる工程と水平に整列集束させる工程とが截然と区分され、かつ、前者が後者の前工程であるかのように主張するが、上記実施例において、極細線同士の間隔を狭めて所定幅にする工程(集合装置3、第2次集合装置5、整列集束装置6)と極細線同士の重なりを防止する工程(整列装置4、整列集束装置6)とが交互に繰り返されていることに照らして、その主張は採用し難い。

他方、引用例(甲第2号証)には、「数個のスプールからそれぞれのワイヤが引き出され、ガイドロール24の周りを通過し、追加の2個のガイドロール26の周りのそれぞれのコースを通ってからステーションPにおいてしっかりと支えられた一組のガイドピン28を通過し、それぞれの位置にワイヤの平面状シートSができるように配列され、その中に各ワイヤが帯状のアレイ(配列)A内で隣り合って接触した状態で並列するように配置される。帯状のワイヤのアレイは、図9に表示されるようにP、Q、R、Tと名付けられた各ステーションを順次に前進し、引っ張られて通過していく。ステーションT(注、「ステーションQ」の誤訳である。)においては、直交する金属板部材D(図10)がその下側面に好ましくはハンダの膜が付着されており、アレイ内の各ワイヤが接着されるようになっている。一組の電流電極30、30’は、プレートDに圧着結合され、それによって1電極から他の電極までプレートを通って通過する電流がプレートを加熱し、下面のハンダを溶かしてワイヤとプレートをユニタリー(一体構造)アセンブリに融合する。」(甲第2号証訳文1頁14行~27行)との記載があり、この記載と図面第9、第10とによれば、引用例発明においても、各スプール(本件発明のリールに相当する。)から引き出された数個のワイヤ(本件発明の極細線に相当する。)を、半田付け(固着)の工程(ステーションQ)の前に、ガイドロール24、追加の2個のガイドロール26及びステーションPを順次通過させ、その間に、ワイヤ同士の間隔を狭めて隣り合って接触した状態にするとともに、水平に横一列とし重なりを防止して、最終的にワイヤ全体の幅方向の寸法を所要の最終幅にするものと解される。

そうすると、引用例にも「多数の細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束」することが記載されているものと認められるから、本件審決が、その点の構成を本件発明と引用例発明との一致点と認定したことに誤りはない。

3  取消事由3(相違点(b)についての判断の誤り)について

(1)  本件審決が認定した相違点(b)は、「集束細線と台材との固着を、本作発明は、一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接するのに対して、甲第2号証に記載されたもの(注、引用例発明)では半田付けとしている点」(本件審決書5頁2~6行)であるところ、第2次訂正がされたことにより、該相違点は「集束細線と台材との固着を、本作発明は、一面に少なくとも1本の突条を細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接するのに対して、引用例発明では半田付けとしている点」と認定すべきであったことになるが、原告は、その認定誤りの点を措くとしても、本件審決が相違点(b)についてした判断が誤りであると主張するので、まず、その点から検討する。

(2)  周知例4(甲第3号証)には、「可変抵抗器構造」の考案が記載され、その考案の詳細な説明中に、実施例に関し「第1図、第2図、第3図、第4図に於て、1は金属の摺動子保持部材を構成する保持板で、・・・2は摺動子板ばね部で、取りつけのための小孔2cとビス3のねじ径より十分大きい大孔2dを設けた折り返し部2bを有する剛体部(摺動子保持部材の一部を構成する)と基板面に垂直方向には弾性的であるばね部分2aと摺動子接点部4aを各々備えた弾性片を構成するばね線材4を並列した接点片9をスポット溶接、ロー付等で裏面に固定した先端部分2eより成る。」(同号証3欄25~36行)との記載があり、この記載と第2図とによれば、「摺動子接点部4aを各々備えた弾性片を構成するばね線材4」(各ワイヤ)を並列した「接点片9」(マルチワイヤ)を摺動子板ばね部2の先端部分2eにスポット溶接することが記載されているものと認められる。

また、周知例5(甲第9号証)には、「ポテンショメータ用のマルチプル・スライディング・コンタクトは、直径0.003インチから0.01インチのワイヤで作られています。」(同号証訳文1丁5~6行)、「マルチプルワイヤは、貴金属や卑金属の材質で、幅は0.05インチから0.25インチ、長さは特に規定しません。形状はコイル、加工接点、加工接点を含む形をプラスチックにモールドも可能です。」(同2丁1~3行)、「小径の丸いワイヤがバスバーに溶接され、プラスチック製のハウジングに固着されます。電流は、抵抗素子からバスバーを通って集電側へと流れます。」(同丁4~5行)との各記載があり、この記載と同号証3丁枠内右上の各図とによれば、マルチワイヤを支持板に溶接してマルチワイヤ摺動子(素材)とすることが記載されているものと認められる。

これらの記載によれば、本件出願当時、マルチワイヤ摺動子とその支持板とを溶接によって固着する技術は既に周知であったものと認められるから、本件審決が、「マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤと支持板の固着を溶接によって行うことは、甲第3号証(注、周知例4)或いは甲第22号証(注、周知例5)に記載されているように周知である。」(審決書6頁末行~7頁3行)と認定したことに誤りはない。

原告は、1978年1月に出願された米国特許第4186483号明細書及び昭和53年9月7日特許出願に係る特開昭55-37746号明細書の各従来技術に関する記載を引用して、本件出願当時、米国及び我が国では摺動用ブラシの製造方法において満足できる抵抗溶接の方法が知られていなかったことが窺えるとして、マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤと支持板の固着を溶接によって行うことが周知であるとの認定は、本件出願当時の技術水準を看過していると主張するが、主張の各記載は、本件出願当時、それぞれ技術課題を伴いつつもマルチワイヤと支持板とを溶接によって固着することが広く行われていたことを推認させこそすれ、該技術が周知であるとの認定を左右するに足りるものではない。

他方、被告は、周知例5には、本件発明と同様の製造方法で造られた摺動用ブラシ素材が記載されていると主張するが、周知例5に記載されたマルチワイヤと支持板との溶接が、ライン状の突起(突条)を用いたプロジェクション溶接であることは、周知例5(甲第9号証)に記載されておらず、他にその点を明確に認めるに足りる証拠はない。

(3)  本件出願当時、プロジェクション溶接自体が周知であったこと、及び周知例1~3の各記載により、プロジェクション溶接の電流と加圧力を集中させる突起(突部)として、ライン状のものを用い得ることが周知であったことは、当事者間に争いがない。

そうすると、集束細線と台材との固着に半田付けを用いる引用例発明の構成に代えて、前示のとおり、既に周知であったマルチワイヤ摺動子とその支持板とを溶接によって固着する技術を採用したうえ、該溶接を、既に周知であったライン状の突起(本件発明における突条)を用いるプロジェクション溶接とすることは、当業者にとって格別困難であるということはできないものと解されるところ、そのようにして、引用例発明の集束細線と台材との固着にライン状の突起を用いるプロジェクション溶接を採用した場合には、「集束した細線に対し一面に少なくとも1本の突条を直角方向に設けた台材をプロジェクション溶接する」構成となるものと認められる。

この点につき、原告は、一対多の関係にある集束極細線のプロジェクション溶接においては、溶接電流が過大で加熱され過ぎた場合には極細線は直ちに溶断し、逆に溶接電流が過少で発熱が不足すると溶接強さが不十分となって、「部分的にしか溶接されなかつたり、溶接部が溶け過ぎたり」する特有の技術課題が生じるところ、本件発明の台材の突条は、該技術課題に対し、一対多の関係にある集束極細線の発熱のばらつきを制御する調整手段であると主張し、さらに、周知例1~3に記載されたものは、1個の溶接物と1個の被溶接物とを一対一の関係でプロジェクション溶接する場合におけるライン状突起、多点プロジェクションの技術であり、また周知例1に記裁されたものは十分に大きい1本の棒体を1枚の平板に溶接する技術であって、周知例1~3に記載された周知のライン状の突起も、本件発明の突条のような一対多の関係にある集束極細線のプロジェクション溶接における多点間の発熱のばらつきを制御する調整手段を予測させるものではないと主張する。

しかしながら、明細書(第2次訂正前のもの、甲第12号証)には、原告主張の技術課題につき「かかるブラシを製作するには、数10μという極細線を20~100本も台材に溶接しなければならない為に、・・・部分的にしか溶接されなかつたり、溶接部が溶け過ぎたりして、特に溶接後極細線に成形加工を加えた場合には脱落したり折れたりするものである。」(同号証1丁左下欄10~15行)との記載があるものの、台材に設けた突条の効果に関しては、生産効率の面の効果の記載(同2丁右欄10~20行)のほか、「上記実施例において、台材Bの上面・・・の台材送給方向に第3図の如く少くとも1本の突条tを設けて、この突条tが移送ガイド7から送り出された集束極細線Wの所要位置に位置するように台材Bを送り出して集束極細線Wとプロジェクション溶接して摺動用ブラシ素材Pが製造される。従って、多数の極細線Wと台材Bとの溶接は確実に行われ、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材Pが得られるものである。」(同2丁左欄29~37行)、「水平に整列集束した多数の極細線を一斉に台材にプロジェクション溶接するのであるから、従来のように部分的にしか溶接されなかったり、溶接部が溶け過ぎたりするようなことがなく、従って集束極細線を切断したり成形加工したりして摺動用ブラシとする場合極細線が脱落したり、折れたりするようなことはないものである。特に本発明の方法に於いて、集束した多数の極細線とプロジェクション溶接する面に台材の送給方向に突条を設けた台材を使用し極細線と台材がプロジェクション溶接できるので、溶接が一層確実となり、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材を得ることができる。」(同右欄21~31行)との記載があるのみで、原告主張の、該突条が、前示技術課題に対して、一対多の関係にある集束極細線の発熱のばらつきを制御する調整手段であるとの記載は存在しない。のみならず、前示記載によれば、明細書(第2次訂正前のもの)においては、本件発明の「部分的にしか溶接されなかったり、溶接部が溶け過ぎたりするようなことがなく」との効果は、「水平に整列集束した多数の極細線を一斉に台材にプロジェクション溶接する」ことによって奏するものとされていること、また、突条に関しては、「集束した多数の極細線とプロジェクション溶接する面に台材の送給方向に突条を設けた台材を使用し極細線と台材がプロジェクション溶接できるので、溶接が一層確実となり、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材を得ることができる。」との文言に照らし、一定の幅を有する集束した多数の極細線全体を一斉に台材にプロジェクション溶接する際には、これを受けるプロジェクション(突起)の形状が集束極細線全体の幅以上の長さのライン状であることを要するという限りの技術的意義を有するとされているにすぎず、溶接が確実になることはプロジェクション溶接自体によって奏する効果とされていることが認められる。

したがって、本件発明の台材の突条が、技術課題に対し一対多の関係にある集束極細線の発熱のばらつきを制御する調整手段であるとの主張は、明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。

原告は、主張の突条の効果につき、プロジェクション溶接が加圧力によって集束極細線と台材とを強く当接した後に溶接電流を流す溶接方法であることのほか、明細書の記載によって、当業者に自明であると主張するが、上如のとおりであるから、その主張を採用することはできない。

そうすると、本件発明の台材の突条が、技術課題に対し一対多の関係にある集束極細線の発熱のばらつきを制御する調整手段であるとの主張を前提とした、周知例1~3に記載された周知のライン状の突起が本件発明の突条のような一対多の関係にある集束極細線のプロジェクション溶接における多点間の発熱のばらつきを制御する調整手段を予測させるものではないとの原告主張は失当であり、前示のとおり、本件発明が、前示技術課題を直接には「水平に整列集束した多数の極細線を一斉に台材にプロジェクション溶接する」ことによって解決するものとしている以上、引用例発明の半田付けに代え、集束極細線(マルチワイヤ)を台材に溶接するに当たって、周知のライン状の突起(突条)を用いるプロジェクション溶接を採用して本件発明の構成とすることに、原告が主張するような困難性はないものというべきであり、また、それによる効果も周知のプロジェクション溶接の効果を超えるものではないから、当業者に予測可能な程度のものといわざるを得ない。

(4)  以上によれば、本件審決が、本件発明の要旨を第2次訂正前の特許請求の範囲記載のとおりとして認定した相違点(b)につき、「甲第2号証に記載のもの(注、引用例発明)における集束細線と台材との固着を、半田付けに代えて当該技術分野において周知の固着技術である溶接によって行うこと、さらに、この溶接を、ライン状の突部を用いる一般的に周知のプロジェクション溶接によって行うこと、即ち、『一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接する』ことは、当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。そして、その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない」とした判断自体に原告主張の誤りはない。

(5)  第2次訂正後の特許請求の範囲は前示のとおりであり、同訂正前の特許請求の範囲と比較して、訂正の内容は、突条の高さが極細線の線径の30~80%に限定された点である。しかしながら、明細書の発明の詳細な説明には、該突条の高さの限定に関して、「本発明はかかる問題点を解決する為に、多数本の極細線を水平に整列集束し、この整列集束した極細線に、一面に少なくとも1本の突条を極細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設けた台材を一定間隔にプロジェクション溶接して摺動用ブラシ素材を製造する方法を提供せんとするものである。」(甲第12号証1丁左下欄16~末行、甲第16号証2頁(ロ)の項)、「上記実施例において、台材Bの上面・・・の台材送給方向に第3図の如く少くとも1本の突条tを設けて、この突条tが移送ガイド7から送り出された集束極細線Wの所要位置に位置するように台材Bを送り出して集束極細線Wとプロジェクション溶接して摺動用ブラシ素材Pが製造される。従って、多数の極細線Wと台材Bとの溶接は確実に行われ、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材Pが得られるものである。この場合突条tの高さは溶接する多数の集束極細線Wの線径の30~80%程度のものが好適である。」(甲第12号証2丁左欄29~39行、甲第16号証2頁(ハ)の項)、「本発明の摺動用ブラシ素材の製造方法は、多数の極細線を移送しながら集合しさらに水平に整列集束し、一方この集束した多数の極細線に対し直角方向より一面に少なくとも1本の突条を極細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設けた台材を間欠的に送給して順次集束極細線に対して一定間隔にて溶接するのであるから、極めて能率良く摺動用ブラシ素材を製造することができ、この摺動用ブラシ素材はその後極細線の切断、加工或いは加工、切断を行うだけで摺動用ブラシを作ることができるので、摺動用ブラシの生産性の向上に寄与するところ大なるものがある。」(甲第12号証2丁右欄10~20行、甲第16号証3頁(ニ)の項)、「特に本発明の方法に於いて、集束した多数の極細線とプロジェクション溶接する面に台材の送給方向に突条を極細線の線径の30~80%の高さで設けた台材を使用し極細線と台材がプロジェクション溶接できるので、溶接が一層確実となり、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材を得ることができる。」(甲第12号証2丁右欄27~31行、甲第16号証3頁(ホ)の項)との各記載があるのみであり、これらの記載は、「突条tの高さは溶接する多数の集束極細線Wの線径の30~80%程度のものが好適である。」との記載を含めて、突条の高さを、特に極細線の線径の30~80%に限定したことの技術的意義を明らかにするものとは到底いい難い。

この点について、原告は、突条の高さが極細線の線径の30~80%の範囲内であれば、集束極細線のうちのどの極細線に対しても発熱の重心を突条寄りの位置に設けることができる結果、突条が集束極細線より先に発熱軟化し、集束極細線が加熱され過ぎることなく突条に押し込まれていくので、通常の抵抗溶接のようにナゲットを形成することなく、集束極細線の接合部における損傷を最小とし、一対多の関係の集束極細線の各極細線を突条の付け根まで均一に埋め込むことができるという効果を奏するものであり、「多数の極細線Wと台材Bとの溶接は確実に行われ、安定した溶接強さの摺動用ブラシ素材Pが得られる」ためのプロジェクション溶接のより良い溶接条件を明示して、当業者が容易に実施できる程度に発明の構成を明瞭化したものである等と主張し、さらに該効果は、明細書の前示「台材Bを送り出して集束極細線Wとプロジェクション溶接して摺動用ブラシ素材Pが製造される」との記載に基づき、台材の突条を所定高さとして当業者が実施(追試)することによって観察される結果を説明したものであり、明細書の記載から自明なことであると主張する。

しかしながら、周知例3(甲第8号証)に、プロジェクション溶接の特徴として「小さいナゲットを確実に作ることができる」(同号証53頁下から6行)ことが挙げられ、かつ、非常に小さなプロジェクションを採用することに関連して「ヒート・バランスをとるのがむづかしく、相手板が溶けないうちにプロジェクションのみが溶け、ナゲットを生成することができないので避けるほうが賢明である。」(同64頁10~14行)との記載があることに照らすと、通常のプロジェクション溶接においては、ナゲットが生成され、プロジェクション(突起)が溶接の相手である金属より先に溶融することはないものと認められる。そして、前示のとおり、明細書には、突条の高さを極細線の線径の30~80%に限定したことに関連して、プロジェクション溶接の機序に係る格別の言及はなく、また、突条の高さを極細線の線径の30~80%とすることにより、突条が集束極細線より先に発熱軟化し、集束極細線が加熱され過ぎることなく突条に押し込まれ、その付け根まで均一に埋め込まれるという効果が生ずることが技術常識であるとの証拠もないから、明細書に記載された「プロジェクション溶接」とは、前示の通常のプロジェクション溶接を意味するものと解すべきであり、そうであれば、原告の前示主張は、明細書の記載に基づかないものといわざるを得ない。

したがって、第2次訂正後の明細書には、突条の高さを極細線の線径の30~80%に限定したことの技術的意義が明らかにされているとはいえず、第2次訂正は、突条の高さをただ単に限定する設計的事項といえる範囲のものにすぎないものといわざるを得ないから、前示のとおり、第2次訂正前の特許請求の範囲に基づく本件発明の「集束細線と台材との固着を、一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接する」ことが、引用例発明及び周知技術に基づいて、当業者であれば容易に想到し得たものとする本件審決の判断に誤りがないと認められる以上、第2次訂正後の特許請求の範囲に基づく「集束細線と台材との固着を、一面に少なくとも1本の突条を細線の線径の30~80%の高さで台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接する」ことも、引用例発明及び同一の周知技術に基づき、本件審決と同旨の理由により、当業者であれば容易に想到し得たものと解されることになる。すなわち、第2次訂正に伴う発明の要旨の認定誤りは、審決の結論に影響を及ぼすものではなく、該要旨認定の誤りの故に本件審決を違法として取り消すことはできないものというべきである。

4  取消事由4(相違点(c)についての判断の誤り)について

本件発明の特許請求の範囲の「台材を間欠的に送給して」との記載(この記載は、第2次訂正の前後で変わりがない。)につき、明細書(甲第12号証)には、実施例に関して「そしてこの整列集束された多数の極細線Wは移送ガイド7に沿って間欠的に所定の長さだけ順次送り出される。次に移送ガイド7に移送されて一時停止した集束極細線Wの下側(上側の場合もある)には直角方向より台材給送装置9にて所要の巾寸法の台材Bが前進送給されて溶接装置10の下部電極10a上にセットされる。次いで上部電極10bが下降して集束極細線Wと台材Bがプロジェクション溶接されて摺動用ブラシ素材Pが得られる。プロジェクション溶接後上部電極10bが上昇すると、集束極細線Wが再び所定の長さだけ移送ガイド7から移送されて一時停止し、・・・一時停止した集束極細線Wには前述の如く台材Bがプロジェクション溶接され、以後前述の動作が繰り返し行われて摺動ブラシ素材Pが間欠的に順次製造されていく。」(同号証2丁左欄14~28行)との記載があり、この記載によれば、集束極細線は溶接装置に順次所定の長さ分だけ送り出されては一時停止し、一時停止する間に溶接装置において1個の台材と溶接されるのであるから、台材が間欠的に送給されることの技術的意義は、このように溶接のため順次所定の長さ分だけ溶接(固着)装置に移送されてくる集束極細線の動きに合わせることであることが明らかである。

他方、引用例(甲第2号証)には、「帯状のワイヤのアレイは、図9に表示されるようにP、Q、R、Tと名付けられた各ステーションを順次に前進し、引っ張られて通過していく。ステーションT(注、「ステーションQ」の誤訳である。)においては、直交する金属板部材D(図10)がその下側面に好ましくはハンダの膜が付着されており、アレイ内の各ワイヤが接着されるようになっている。一組の電流電極30、30’は、プレートDに圧着結合され、それによって1電極から他の電極までプレートを通って通過する電流がプレートを加熱し、下面のハンダを溶かしてワイヤとプレートをユニタリー(一体構造)アセンブリに融合する。・・・プレートDは、ステーションQにおいてメタルストリップを直交して前進させ、いくつものプレートが必要なだけ切断されるようにして形成されることもあるが、これらのプレートは完成プレートの備密から供給することもできる。プレートのトリミングを行ったのち、ワイヤアレイは、最終ステーションTにおける往復引き抜き機構によってワンステップ分だけ引っ張られ、それによって接着されたプレートD’の一つがステーションRにおけるモールディング装置の中に移される。・・・成形と型の開放段階の次に、いかなる突出した鋳ばりステーションRで取り除かれ、ある長さのワイヤ、Dのような付着されたプレート及び1以上の成形されたボデーを含んでいるトレイン(列)は、ワイヤ操作ステーションTの中にボデーBを移すためにワンステップ進められる。」(甲第2号証訳文1頁20行~2頁18行、なお、「帯状のワイヤのアレイは、図9に表示されるようにP、Q、R、Tと名付けられた各ステーションを順次に前進し、引っ張られて通過していく。」の部分の甲第2号証の原文は「The strip-like array of wires is advanced, tensioned, in a stepwise succession of advances into, through, and past stations herein denoted P,Q,R and T as indicated in FIG. 9.」(同号証4欄19~22行)である。)との記載があり、この記載によれば、引用例発明において、帯状のワイヤのアレイ(本件発明の集束極細線に相当する。)は、ワイヤ操作ステーションTの往復引き抜き機構によって順次所定の1段階(ワンステップ)ごとに引っ張られて前進し、ステーションP、Q、R、Tを通過していくのであるから、引っ張られて前進するそれぞれの段階(ステップ)の合間は停止していることが明らかであり、かつ、その停止している間にステーションQにおいて、帯状のワイヤのアレイが1個のプレートD(本件発明の台材に相当する。)に半田付けされるものと認められる。そうすると、引用例発明において、台材を、順次所定の1段階分だけ半田付け(固着)装置に送られてくる帯状のワイヤのアレイの動きに合わせて、すなわち間欠的に固着装置に送給することは、当業者であれば極めて容易に想到し得るものと認められるところ、本件審決は、これと同旨の判断をするに当たり、帯状のワイヤのアレイの前示のような動きを「in a stepwise succession of advances」と表現した引用例の語句(stepwise)を引用して、「固着する台材(金属板部材)を間欠的に送給することは、階段風に(stepwise)移送されてくる上記細線(平面状シート)の動きに合わせた対応として、当業者が格別の困難性なく実施できる程度のことである。」としたものであることは明白である。

したがって、引用例の「stepwise」の語句に「階段風に」との訳語を当てたことは必ずしも適切とはいえないが、本件審決の前示判断自体には何ら誤りはない。

5  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はすべて理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成5年審判第10247号

審決

東京都八王子市戸吹町1387番地

請求人 東京コスモス電機 株式会社

東京都新宿区新宿四丁目2番21号 相模ビル

代理人弁理士 草野卓

東京都新宿区新宿4-2-21 相模ビル 草野特許事務所

代理人弁理士 稲垣稔

東京都中央区日本橋茅場町2丁目6番6号

被請求人 田中貴金属工業 株式会社

東京都中央区八丁堀三丁目7番7号 原田ビル3階 山名国際特許事務所

代理人弁理士 山名正彦

東京都港区虎ノ門1丁目2番29号 虎ノ門産業ビル6階 佐々木内外国特許商標事務所

代理人弁理士 佐々木功

東京都港区虎ノ門1丁目2番29号 虎ノ門産業ビル6階 佐々木内外国特許商標事務所

代理人弁理士 川村恭子

東京都港区虎ノ門1丁目2番29号 虎ノ門産業ビル6階 佐々木内外国特許商標事務所

代理人弁理士 大貫成司

上記当事者間の特許第1292225号発明「摺動用ブラシ素材の製造方法」の特許無効審判事件についてされた平成6年8月4日付け審決に対し、東京高等裁判所において審決取消の判決[平成6年(行ケ)第244号、平成7年5月10日判決言渡]があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。

結論

特許第1292225号発明の特許を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

Ⅰ.本件特許第1292225号発明(昭和52年11月28日出願、昭和60年11月29日設定登録)の要旨は、確定した訂正審決(平成6年審判第18501号)により認められた訂正後の明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの「多数の極細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し、一方この集束した極細線に対して直角方向より一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けた台材を間欠的に送給して順次台材を移送中の集束極細線に対して一定間隔にてプロジェクション溶接することを特徴とする摺動用ブラシ素材の製造方法にあるものと認める。

Ⅱ.これに対して、請求人の提出した甲第2号証(米国特許第3704436号明細書)には、マルチワイヤ・ポテンショメータ接点機構に使用する摺動用ブラシ素材の製造方法に関して「細い径の多数のコンタクトワイヤを階段風に(stepwise)移送させつつ集合した後平面状シートに整列し、一方この集合したコンタクトワイヤに対して直角方向より金属板部材を送給して順次金属板部材を移送中の集束コンタクトワイヤに対して一定間隔にて半田付けするようにした、摺動用ブラシ素材の製造方法」が記載されている。

甲第3号証(実公昭47-38829号公報)には、その第3欄32~36行の記載よりして、「マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤを支持板に溶接すること」が示されていると認められる。

甲第4号証(Welding Journal Vol.49, No.2 Feb.1970, 117~126頁)には、プロジェクション溶接の記載があり、甲第5号証(フランス特許第73 42890号公報)の第4図には、板材6上に突条8を形成し、その突条8の延長方向と直角方向に配列された複数の丸棒4を、その突条8部分で板材6に溶接することが示されている。同様に、甲第6号証(特開昭50-21955号公報)には、プロジェクション溶接に突条を用いることが示されている。甲第7号証(「オリジンの技術」S38.5.25オリジン電気発行)にも、プロジェクション溶接の記載がある。甲第20号証(「重ね抵抗溶接」71-8-15産報発行)にも、プロジェクション溶接の記載がある。甲第22号証(Design News Vol.30 No.7 1975)には、マルチワイヤ摺動子において、その線材を溶接により支持片に固定することが記載されている。甲第13号証(米国特許第3、328、707号明細書)には、ブラシフィンガがクロス溶接されることが記載されている。

Ⅲ.本件発明と甲第2号証記載のものとを対比すると、両者は、「多数の細線を移送させつつ集合した後水平に整列集束し、一方この集束した細線に対して直角方向より台材を送給して順次台材を移送中の集束細線に対して一定間隔にて固着する摺動用ブラシ素材の製造方法」である点では一致し、(a)ブラシを形成する細線を、本件発明は極細線としているのに対して、甲第2号証に記載されたものではコンタクトワイヤとしている点、(b)集束細線と台材との固着を、本件発明は、一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接するのに対して、甲第2号証に記載されたものでは半田付けとしている点、(c)台材の送給について、本件発明は間欠的に送給しているのに対して、甲第2号証に記載されたものでは、送給の態様を明記していない点、で一応相違している。

Ⅳ.上記の各相違点について検討する。

(相違点(a)について)

本件発明においてブラシを形成する細線として特に極細線を使用したことにより、摺動用ブラシ素材自体に関して、あるいはその製造方法に関して、格別の作用効果が奏されるものとは認められず、ブラシを形成する細線としてどの程度の径の線を使用するかは、摺動用ブラシに求められる性能等の要件を考慮し、かつ実験結果を踏まえるなどして、当業者が適宜選択できる程度の設計事項にすぎないものと認められ、極細線を使用することも、かかる当業者が適宜選択できる程度の設計事項の域を越えるものではない。

(相違点(b)について)

プロジェクション(突起)溶接とは、溶接材の片側または両側に小さな突起を設けるか、被溶接材の構造上存在する突部などを利用して、この部分に電流と加圧力を集中することによって行う溶接である(甲第7号証第76頁)。このようなプロジェクション溶接自体が周知であることはいうまでもないことであるが、さらに、この電流と加圧力を集中させる突起(突部)として、点状のものに限る必要性はなく、ライン状のものも同様に用い得ることが周知であったことも、甲第5号証、甲第6号証、或いは甲第20号証第65~66頁の「3.6.2その他のプロジェクション」の項の記載よりして認められる。

また、マルチワイヤ摺動子においてマルチワイヤと支持板の固着を溶接によって行うことは、甲第3号証或いは甲第22号証に記載されているように周知である。

したがって、甲第2号証に記載のものにおける集束細線と台材との固着を、半田付けに代えて当該技術分野において周知の固着技術である溶接によって行うこと、さらに、この溶接を、ライン状の突部を用いる一般的に周知のプロジェクション溶接によって行うこと、即ち、「一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接する」ことは、当業者であれば容易に想到し得たものと認められる。

そして、その効果も当業者の予測しうる程度のものであって格別のものとも認められない。訂正後の本件明細書には(公報第4欄第1~10行、及び第4欄末行~第5欄5行に対応)、本件発明において「一面に少なくとも1本の突条を台材の送給方向に設けて、プロジェクション溶接する」ことの効果として、周知のプロジェクション溶接を採用することにより当然に生じる当業者の予測しうる効果が記載されているのみである。

(相違点(c)について)

甲第2号証に記載されたものにおいて、台材(金属板部材)が固着される相手である、水平に整列集合した細線(平面状シート)は、階段風に(stepwise)移送されてくるのであるから、この細線(平面状シート)に固着する台材(金属板部材)を間欠的に送給することは、階段風に(stepwise)移送されてくる上記細線(平面状シート)の動きに合わせた対応として、当業者が格別の困難性なく実施できる程度のことである。

Ⅴ.以上のとおりであるから、本件発明は、甲第2号証に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第123条第1項第2号に該当する。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年7月3日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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